鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

 私の印象では、森見登見彦と同時期に人気が出て、同じように古都を舞台とした小説を書いているということで、お二方をセットで考えていました。ですが、今回初めて、万城目学の本を読んで、勘違いしていたことを知りました。なるほど、これは完全にエンターテインメントです。設定の馬鹿馬鹿しいこと、面白いこと。
 さてさて、この話は「神経衰弱」というあだ名をつけられた主人公、「おれ」が、研究室の教授から「きみはすこし神経衰弱だから」と、休養の意味で、奈良の女子高に臨時教師として派遣されるところから始まります。赴任先の奈良で、突如鹿に話しかけられた主人公は、「目」を運んでくれるように頼まれます。「目」とは日本を大鯰の起こす地震から守る大切なもので、運ぶだけとはいえ、スムーズにことは進んでくれません。そもそも「目」とは一体何であるのか、主人公はそれすらも知らされていないのです。
 とんでもない事件の渦中にありながら、あくまで平凡であり続ける主人公が味わい深くて面白い。鹿せんべいのあまりのおいしさに、人間の尊厳と食欲の狭間で揺れる場面には、思わずにやりとしてしまいました。
 この話の売りは、ストーリーではなく、個性的な登場人物たちにあるのだと思います。そもそも、「目」を奪い、隠し持っている犯人が、話のはじめのほうで示唆されているのですから。
 とくに私の一番のお気に入りは、かりんとうが大好きで、毎日職員室でポリポリ食べている、藤原君です。愛妻家で、湿気ていて不味い(主人公の言)かりんとうを幸せそうに食べるその姿は、一種の清涼剤のようにも思えます。

 ストーリーは二の次(けなしているわけではありません)で、憎まれ役すらも好ましい、作者の人物造形のうまさを満喫できます。