有頂天家族 (幻冬舎文庫)

 実のところ、私は森見登美彦があまり好きではありませんでした。「太陽の塔」「夜は短し歩けよ乙女」を読んで、ちょっと狙いすぎ感のある文体が気になって気になって。
 なのですが、この話は面白く読めました。
 時代がかった言い回しは変わらないのですが、主人公が狸というのもあるのでしょうか、存外気にならずに読めました。
 主役の矢三郎は、狸界の英雄である今は亡き下鴨総一郎を父に持つ、四兄弟の三男坊。父親の威光もなんのそので、面白可笑しく日々を過ごしています。偉大なる父の血を受け継いだはずの兄弟は、皆、ボンクラぞろい。長男矢一郎は生真面目な堅物。四男矢四朗は甘えん坊。二男の矢二郎にいたっては、蛙に化けたきりもとに戻れなくなって、井戸の中で暮している始末です。
 狸界の頭領たる偽右衞門の地位をめぐり、対立するのは父親の弟である夷川早雲率いる夷川一族で、その息子兄弟たるや、意地の悪い阿呆ども。かつての師匠である天狗は逼塞して、闇鍋に似た粥をすすり、人間たちは狸鍋をもくろんでいます。
 ボンクラ兄弟は、下鴨家の名誉のため、母のために京都を駆けずり回る――
 というのが、あらすじなのですが、本作の魅力はそこにあらず。
 細かな言葉の使い方が、非常に面白いのです。
 たとえば、狸のことは毛玉と書いています。毛玉風情、毛玉ライフ。あるいは、「狸の作った寿司なんぞ、毛が喉に詰まる」という憎まれ口、「抜け毛流血をも辞さない覚悟」、「毛深い腹のうちでペロリと舌を出した」、などなど。
 この徹底ぶりがはまります。馬鹿馬鹿しくも愛おしい、狸の世界が広がっていきます。
 そういえば、故井上ひさし氏はキツネとタヌキのユーモアあふれる戦いの話を書いていたなあ、とどこか共通するものを感じてしまいました。