龍宮 (文春文庫)

 不思議な短編集です。
 私が初めて川上弘美の小説に触れたのが、人間と異界の生き物とのかかわりを描いたこの作品集です。
 イカカレーラーメンを食する、男の姿をした蛸の話、何代も前の先祖に恋する女性の話、心の安定のためにしっくいを食べる女性と小さな荒神の話――
 正直な話、ストーリーがあるかというと、特に確固たるものはありません。
 一読目は、ふうん、と割合読み流していたのですが、あとを引きます。
 はらはらどきどきもぞくぞくもないのですが、読み返したくなります。独特の、奇妙な雰囲気に満ちた短編集なのです。
 果たして、その雰囲気の源がどこにあるのか、これを書くにあたって、読み返して考えてみました。結果は、次の通り。
1.淡々と話が進んでいくこと
 人間と異なるものとの関わり合いなのに、恐慌に陥ることが全くありません。驚きはするものの、警察を呼ぶだとか、悲鳴をあげるだとか、ある意味現実的な対応をすることがないのです。薄ぼんやりとした(褒め言葉です)雰囲気は、ここから来ているのかもしれません。
2.ひらがなの多用
 漢字で書くことが多い言葉をあえてひらがなで書いているところが非常に多いです(たとえば、“うつくしい”、“いっしんに”、“ほんとう”などなど)。漢字で見慣れている言葉が、ひらがなになっていると、別もののように感じてしまいます。不思議なことですが。
 他にも、擬音語・擬態語とか、言葉の繰り返しとか――探せばまだまだあると思いますが、とりあえずはこのへんで。

 川上弘美は、本作品集のように、普通から少しずれた世界を描くときに真価を発する作家だと私は思います。
 今は恋愛小説を書くことが多くなってしまったようですが、またこちら側に戻ってきてくれないかなあ、と心待ちにしています。