ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)

 バージェス頁岩とは、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州にある、カンブリア紀(約5億年前)の動物たちの化石をおさめた堆積層のことです。ここには、現在の分類に当てはまらない生物の化石がたくさん保存されています。表紙に描かれた、奇妙な生き物たちの姿は、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
 本書はこの、”バージェス頁岩“の研究をめぐる物語です。退屈な科学ドキュメンタリーと思ってはいけません。これは、既存の生命観の徹底的な破壊という、ものすごい研究・発見なのです。

 全5章からなる本書ですが、一番おもしろいのは3章「バージェス頁岩の復元――新しい生命観の構築」でしょう。これは“バージェス頁岩”の発見者である、ウォルコットの行った分類が見直され、修正されるまでの歴史がつづられています。
 役者は、ハリー・ウィッティントン、サイモン・コンウェイ・モリス、デレク・ブリッグスの三人。ウォルコットと同じ、すなわち「バージェス頁岩に見られる奇妙な生物たちはみな、現世の生き物の遠い祖先である」という考えから始まった研究ですが、研究を進めるうちに、ある疑念が生じてくるのです。
 これは、もしかすると全く新しい生き物ではないのか?
 丹念な観察と記載による研究の結果、その疑念は確信へと変わります。”バージェス頁岩“では、現在につながる生き物はむしろ少数派で、その他全く異なる特徴を持った生き物が多数派を占めていたのです。

 これは何を意味するのか。
 進化は必ずしも、高い知能を持つ生物である人間を、作り出す方向を指していたのではない、ということです。カンブリア紀の多様な生物のどれが生き残るかは、偶然のみに左右され、そこに何らかの意志の入る余地はなかったのです。
 今でこそ、当然、という反応かと思いますが。当時は、地球上を支配している(と思っている)人類が、地球の歴史にしてみれば、その他大勢のひとつでしかなかった、という事実はやはり衝撃的だったのでしょう。

 分類学がテーマですので、専門的な単語も出てきます。が、著者が一般向けに、慎重な記述をしており、特に読みづらいという問題はありません。
 ハリー、サイモン、デレク、三者三様のアプローチと研究結果のもたらす影響。
 このドラマが非常に面白いのです。
 一番読みやすいのもこの3章ですので、ここだけ読むのもありかもしれません。
 知的探求の物語にはまってしまいそうです。