切羽へ (新潮文庫)

 本の帯によると「繊細で官能的な大人の恋愛小説」だそうです。恋愛小説は苦手分野で、なかなか手が伸びなかったのですが、なんとなく買ってみました。が、ああやっぱり苦手という感じです。

 主人公は離島(沖縄の方)で、小学校の養護教諭として働くセイ。彼女は画家である夫と小さな離島の世界で平穏に暮らしていました。本土から時折やってくる不倫相手と、仲睦まじい姿を公然とさらす同僚の月江。憎まれ口を叩きながらも、セイの訪問を心待ちにする老婆しずかさん。個性的な面々に囲まれながらも、淡々と流れていたセイの日々は、新しい教師が赴任してきたことから一転します。
 石和というその男は、奇妙な男でした。愛想がなく、楽しそうな様子を見せない男。何かを探しているように、あるいは何かから逃げるように必死にはしゃぎまわるその様子は、明らかな違和感を発しています。
 主人公セイは、そんな男に惹かれてしまうのです。

 切羽というのは、トンネルや坑道などの最奥を指す言葉だそうです。
進んで進んでその先にはただの壁があるだけ。きっと壁を隔てたすぐ向こうには、対岸から来たトンネルの切羽がある。それを突き崩すか否かという微妙なバランスを描いた作品なのだと思います。

 はじめの方を読んで、うまいなあ、と感じました。淡々とした文章なのですが、食卓の菜の細かな描写や方言の会話など、読んでいるうちにその世界に入り込んでいけました。

 とはいえ、肝腎のセイと石和の関係についてが、私にはどうしても納得いきませんでした。
 はっきり言ってしまえば、「それはただの勘違いじゃないの、セイさん」です。一線を越えられない男女の機微、それが私には読みとれませんでした。
 石和のことに気を取られていたせいで、毎年の蛍の盛りを忘れかけていたことに「呆然と」するセイ。あるいは、夫の仕事の都合で夏休みに東京へ行くことを伝え、石和が「じゃあ、僕もどこかへ行こうかな」と返したことで、そこに何か意味があるのかと、ぐじぐじ考えつづけるセイ。

 なんだか大袈裟。というよりも、主人公が自分に酔っているような印象ばかりを受けてしまいました。正直よくわからない。もしかして、もっと経験を重ねれば、「的確」という感想に変わるのかもしれませんが、今読んだ限りでは、奔放に恋を重ねる月江のほうに好感を持ちました。