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12 1月

左手に告げるなかれ|渡辺容子

Posted in on 12.01.11

左手に告げるなかれ (講談社文庫)

 江戸川乱歩賞受賞作、という煽りにつられて買ってしまいました。ビッグタイトルなので、だいぶ期待を込めて読んだのですが、どうもいまいちでした。

 主人公はスーパーで万引きの捕捉を行なう保安士である八木薔子(しょうこ)。彼女は過去の不倫が元で、大手証券会社に勤めるエリートとしての地位も貯金も家も失っていたのです。そんな薔子の前にある日、二人の刑事が現れ、かつての不倫相手であった木島浩平の妻、祐美子が殺されたと告げます。
「右手を見せてもらえませんか」最後に刑事が言った台詞。そこには、薔子を容疑者として見なしているという意味が込められていました。木島祐美子は、ダイイングメッセージとして「みぎ手」と血文字で書き記していたのです。
 このままでは、なし崩し的に犯人にされてしまう。薔子はかつての不倫相手であり、被害者の夫である木島浩平とともに、事件の調査に乗り出します。浮かび上がる巨大小売チェーンとの関係。真犯人は、そして「みぎ手」の意味とは?

 ええと、これはいったい何のジャンルに含めればよいのでしょう。
 江戸川乱歩賞ならば、推理あるいはミステリかと思うのですが、推理にしては真犯人とダイイングメッセージの謎ときがお粗末すぎますし、ミステリにしては事件の全体像とのつながりが希薄(というよりも、巨大小売チェーンを出す意味が分からない)です。
 と、ここまで書いて、「傑作長編サスペンス」と帯に書いてあるのに気づきました。なるほど、確かに2時間サスペンスなんかでありそうな内容です。
 美人で頭がよくて度胸もある女性と、昔の男、そして崩れた雰囲気を持つ謎のイケメン。被害者の評判やらご近所とのトラブルやら下世話な印象を受けたのは、そのせいだったんですね。
 
 今回、私が好みでないと思ったのは、サスペンスというジャンル全体についてなのかもしれません。不遇な才媛と魅力的な男性二人との三角関係、という図式を主題として見れば、面白いと思う人は結構いるかもしれません。

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10 1月

美女と竹林|森見登美彦

Posted in on 10.01.11

美女と竹林 (光文社文庫)

 最近すっかりファンになってしまいました。
 さて本作、小説ではなく、妄想混じり(大半?)のエッセイということで、果たしてどのようなものか、危惧を覚えながら読んでみました。いやあ、面白い。馬鹿馬鹿しくて面白い。

 目下、小説の締め切りに追われて現実逃避中の登美彦氏は、将来の安泰のために多角的経営を思いつきます。では、何をビジネスとすればよいか。そこで思いついたのは、竹林の経営。実は登美彦氏は、竹林に幼少のころより心惹かれていたのです。
 手始めに、とばかりに登美彦氏は職場の同僚である鍵屋さんの所有する竹林の手入れを行なうことにしたのです。友人で弁護士の卵である明石氏とともに、のこぎりを手に荒れ果てた竹林に分け入る登美彦氏。繁茂した竹林は、彼らの少ない体力を容赦なく削り、繁殖した蚊は、彼らのモチベーションを奪い去ります。
 時に仕事に邪魔をされ、時に援軍を投入し、登美彦氏と竹林との戦いは続きます。苦闘を繰り広げる登美彦氏の脳裏に浮かぶのは、MBC(モリミ・バンブー・カンパニー)の経営者となり、TIME誌の表紙を飾る自分の姿。
 がんばれ登美彦氏、竹林の未来のために。

 半ばエッセイですので、あらすじを説明するのはなかなか難しいのですが、以上のような内容がメインでしょうか。なんだかよくわからない話です。正直、読み終わってからもよくわかりません。
 ですが、それは重要ではないのです。
 大切なのは細部です。豊富なボキャブラリーを駆使して考え抜かれた、ひとつひとつの単語・表現。個性的な登場人物たち。そして、繰り返しの妙。微妙に変化を加えつつも繰り返される台詞、表現には思わずにやりとしてしまいます。

 竹林の手入れをしようとして、結局うまくいかなかった。それだけの話をここまで膨らませて、面白可笑しく書ける著者の筆力には感心の一言です。

 もしも、森見登美彦=文学という図式を持っている人がいたら、早急に訂正を。

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08 1月

新編 風雪のビヴァーク|松濤明

Posted in on 08.01.11

新編・風雪のビヴァーク (ヤマケイ文庫)

 山をやる人必読、と私が言うまでもないでしょう。
 冬の北鎌尾根で記録的な激しい吹雪に見舞われ、他界したクライマー松濤明の足跡をたどった一冊です。

 1922年に生まれた松濤明は、中学生の時から本格的に登山をはじめ、中学卒業と同時に東京登徒渓流会に入会、それからはひたすら山に傾倒していくのです。そして、28才の冬、有元克己とともに行った北鎌尾根で激しい吹雪の中、遺書を残しました。凍傷に冒され、死を眼前にしてなお、落ち着いて(少なくとも文字は)死と向き合っていたのです。

 死へといたる道のりが本書のメインであるのは言うまでもありませんが、それ以外の記録、とりわけ、山に対しての松濤の意見というのが、私にとっては興味深く、考えさせられるものでした。
 遭難者を出したことに対して、登山の自粛をするという会の決定に、それは違うのではないかと真っ向から疑問を呈し、あるいは、「初」を尊ぶばかりに、本来の登山の目的であるピークハンティングを忘れているかのような潮流にもの申す。ときに鋭くなるその舌鋒には、松濤の熱意と自負がはっきりと込められています。

 良さも怖さも全てをひっくるめて、山と向き合っていた松濤。彼だからこその記録・遺書なのだな、というのを感じました。
 昨今の山ブーム、自戒の意味も込めて、じっくりと読んでおかねばと思います。

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