砂漠 (新潮文庫)

伊坂幸太郎の伏線張りまくり、漏らさず回収、の小説が好きな私ですが、これはいいです。分類するなら、青春小説。
 地方の国立大に通う大学生五人の、事件と恋愛と成長の物語です。
 タイトルの砂漠とは、たとえば大学を出たあとの生活、たとえば深い傷を負った友人の心の中、たとえばプレッシャーの中でのボーリングの一投。その気になれば、砂漠に雪を降らすことだって余裕でできる、五人組の一人、西嶋が主張するように、彼らは不可能と思えることも、ひとつひとつ乗り越えていきます。
 伊坂幸太郎作品に共通している、悪役はとことん悪役の例にもれず、この作品でも、敵役は本当に嫌な奴で、むかつく。だから、五人が砂漠に雪を降らすたびに、心の中でガッツポーズ。本当に気持ちいいのです。かといって、古臭い勧善懲悪の話に終わらないのは、五人がそれぞれ個性を持って、魅力的に描かれているからにほかならないのです。
 その中でも一番はやはり西嶋。伊坂幸太郎の得意な、口のよく回る、口を回しながら走り出している男です。ただし、少し違っているのは、この西嶋という男が、小太りのさえない男で、理屈も行動も空回りしている、というところでしょうか。見ようによっては、三枚目なのに、自分の中の正義を信じて、必死で努力する西嶋が、終わり近くには格好のよい、愛すべき人物に見えてくるから不思議です。
 もちろん、伊坂幸太郎ですから、伏線は張っています。張っていますが、謎ときがメインではないので、ほんのスパイス程度です。でも、決して悪くないです。むしろ、ちょうどよいくらい。
 小説は文庫で読む派の私としては、たまりにたまった伊坂幸太郎の単行本をはやく文庫化してくれないものか、心待ちにしています。