劒岳―点の記 (文春文庫 (に1-34))

 映画化されて話題になり、また、山好きの者として読もうと思いながらも、ブームの過ぎ去った今頃に読んでみました。どうもこれは、「小説」として読むべきものではないですね。

 陸軍の測量手である柴崎芳太郎は、ある日、劒岳山頂に三角点を埋石せよという命令を受けました。前人未到の山である劒岳は、発足したばかりの山岳会も初登頂を狙っているということで、先を越されては軍の名折れ。芳太郎はかなりのプレッシャーを受けての挑戦になります。人の立ち入りを拒むような、急峻な劒岳を相手に、芳太郎らは山頂を目指すのです。

 事実をもとにしているそうで、道具もあまり整備されていなかった時代に、三千メートル級の山に登るというのは、かなりの苦労があったことと思います。まして、測量道具を抱えての登山となると……フィクションを加えずとも、盛りだくさんの苦労話のはずなのに、なぜあえて小説という形態をとったのが疑問で仕方ありません。

 以下は小説としての欠点ですが、とにかく山場がないのです。淡々と進んでいくストーリー。宇治長次郎というスーパーマンのおかげで、着々と進む作業。それゆえに、主人公の芳太郎の苦労があまり伝わってきません。
 ベタな憎まれ役を出すくらいなら、芳太郎の苦労をもっと資料を使って描いてほしかったですし、もっと登攀シーンを表現してほしかった。個人の感想としては、ノンフィクションで柴崎芳太郎という人物に迫ったほうが面白くなったのではないかと思います。

 でもしかし、山に登る人は、過去の人々の苦労をしのび、地形図のある現代に感謝するために、一読しておいたほうがよいかもしれません。