のぼうの城 上 (小学館文庫)

 話題になる小説というのは、経験的に、すごく面白いかすごくつまらないかの二択になってしまうのですが、こちらは面白いサイドでした。読んでいて気持ち良いお話です。

 一五九〇年、豊臣秀吉は天下統一の詰めとして、北条家の討伐を決めました。舞台は討伐の対象のひとつである、武州・忍城です。総大将石田三成の率いる二万の軍勢に対し、守る忍城は、領民たちから「のぼう様」と呼ばれる、成田長親を城代とするわずか五百。あだ名の由来が「でくのぼう」であることから分かるように、不器用で、のんびりとした「のぼう様」には、いわゆる威厳というものはみじんもありません。しかし、それゆえに高い人望、のびのびと戦う有能な配下、さらに時折見せる機知で、圧倒的な軍勢に立ち向かうのです。

 何が面白いかと言うと、とにかく登場人物たちです。主人公である頼りない「のぼう」を筆頭に、漫画チックな(悪口ではありません)キャラクターの数々。
 これは「のぼう」の下で忍城を守る、三人の武将が如実に表しています。
 ストイックで冷静沈着な正木丹波。巨漢豪傑な柴崎和泉守。知略に富んだ美青年酒巻靱負。彼らが石田三成ら、大軍を相手にそれぞれ個性あふれる戦いを繰り広げるというわけです。
 漫画化、実写化されるということですが、その気持ちは私にも分かります。とりわけ、実写化ではどれを誰に演じてもらうかを考えるだけでも面白そうです。
 どこか酒見賢一「墨攻」を彷彿させる、シンプルかつ明快なストーリー展開。細かいことは言いっこなしで、とにかくこのスピードに乗せられてしまえばよいのではないでしょうか。

 著者は時代小説に不可欠な、時代背景の説明がうまいので、時代小説初心者の方も気負わず読めるのではないでしょうか。時代もメジャーなあたりですので、時代小説の入門書としてもお勧めです。