みずうみ (河出文庫)

 結構いしいしんじは好きなんです。
 独特の世界観と雰囲気が心地よくて。
 なのですが、本作は一体何でしょう? いしいしんじらしからぬ、といった感じの、文学の匂いがぷんぷん漂ってきました。

 全三部からなる本作には、共通して「水」をモチーフにしています。各部の登場人物は、
 月に一度、あふれるみずうみの恩恵を受けて暮らしている村の水汲みの少年。
 水を体から吹き出すタクシー運転手。
 松本に住む慎二・園子夫婦と、園子の胎内で羊水につかる赤子。

 いしいしんじらしさを感じるのは、第一部、水汲みの少年の話くらいです。穏やかで静かな文章の雰囲気と、列挙する事柄のセンスが好きで、ずっと読んでいたのですが、第二部以降になるともう駄目です。
 特に、性描写(というよりも性器の表現)が、鼻につきました(「いちもつ」という言い方です)。言葉を選んだんだろうな、というのは分かるのですが、それがまた嫌味に物語を彩ってしまいます。
 ストーリーは皆無。エンターテイメント作品ばかりを書いていた著者が、「文学くらい、俺にも書ける」と意気込んで書いてしまったような、そんな空気が感じられました。

 ほんわかな読み心地のいしいしんじ作品が私は好きなので、変に気負わないで書いていただけなものか、と私は切に願います。