ゴールデンスランバー (新潮文庫)

 文庫化されるのを、心から待ち望んでいました。
 本屋大賞・山本周五郎賞を取り、映画にもなり、なにかと話題のこの作品。なかなか、実になかなか文庫にならず、しびれを切らしていたところでした。
 一読した感想は、「伊坂幸太郎っぽくないけど、やっぱり伊坂幸太郎」という、なんだか不思議な感じです。

 仙台市でのパレードのさなかに起こった、首相の爆殺事件。巨大な陰謀に巻き込まれ、事件の犯人に仕立て上げられてしまった、主人公の青柳雅春は、「無様な姿を晒してもいいからとにかく逃げて、生きろ」という親友の言葉を胸に、必死の逃亡を図るのです。
 第二部「事件の視聴者」と第三部「事件から二十年後」で描かれた事件のアウトラインが、青柳雅春の視点で語られる、第四部「事件」で鮮やかにつなぎあわされていく様は、さすがは伊坂幸太郎といった感じです。信頼することしか武器をもたない青柳を、陰になり日向になり助ける友人たちの活躍は、胸が温まります。

 もちろん、伊坂幸太郎の魅力の一つである、キャラクターのうまさは健在です。
森の字を二つ持っているため、「森の声が聞こえる」とうそぶく、森田森吾。
「でっかくなって戻ってくる」という張り紙を後に、いなくなった稲井さん。
ロックかロックじゃないかで全てを決める、恐妻家の岩崎英二郎。
緊迫した状況でも一人ひとりの個性は光っているのです。

 中でも、私の一番のお気に入りは、青柳雅春の父親平一です。痴漢をなによりも憎み、青柳雅春の小学生の書き初めには、「痴漢は死ね」と書かせたその人は、主人公が首相暗殺の容疑者として報道されたとき、息子の無実を疑わず、リポーターのマイクとカメラを前に、「雅春、ちゃっちゃと逃げろ」と言い放つのです。
 結末は、ある意味反則ですが、父親のキャラクターに絡めたオチは非常にうまい。ここまでスマートに後始末をされてしまっては、文句のいいようもありません。
 早く次回作が出ないかしら。