幻燈辻馬車 上 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)

 安土桃山時代→江戸時代
 明治時代→大正時代
 この2つと違って、江戸時代→明治時代の流れは、知識の上では分かっているのですが、どうにもしっくり来ません。ちょんまげから突如、近代へワープしてしまったようなそんな違和感があるのです。

 それはきっと日本という国ががらりと変わってしまうほどの急激な変化があったということでしょうし、変化について行けない古い人間たちはむなしく時代からドロップアウトしていったのでしょう。
 本作の主人公、干潟干兵衛もその中の一人です。妻と息子を戦で亡くした干兵衛は、古ぼけた辻馬車で東京を往来します。馭者台の横に、孫のお雛を乗せて。

 時は明治15年。明治政府と自由党との対立が明白になり、自由党壮士への弾圧が厳しくなったころ。
 望まないにも関わらず、干兵衛はその戦いに巻き込まれていくのです。武器は馭者用の鞭。切り札は孫のお雛が呼ぶ息子、そして妻の幽霊。お雛への愛情を原動力として動く干兵衛は、「自分にはどうしようもない」とあきらめの境地でいながらも、その実、自ら渦中へ飛び込んでいっているようにも見えます。
 一人また一人と脱落していく自由党壮士たち。その戦いを見続けてきた干兵衛は、最後にある決断を下すのです。

 いやあ、山田風太郎はやっぱり面白いです。時代小説に幽霊を登場させてしまおうという発想もさることながら、おどろおどろしさのまったくない、常人然とした幽霊の設定がユーモラスな香りすら添えています。

 そして、ラストシーン。私はここが大好きです。朴訥でありながら、中に熱い心を抱えている、男干兵衛ここに極まる、という感じです。他に考えられない終わり方でありながら、こうも見事に余韻を残すラストはなかなかないのでは、と思います。ラストのためだけでも読む価値ありです。ぜひご一読を。